東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1044号 判決
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【判旨】
一控訴人は、昭和四七年四月二〇日康之、訴外会社及び被控訴人の三者間において、康之が訴外会社に対して負う金三七五万円の砂山売買代金返還債務を被控訴人が重畳的に引受ける旨約したと主張するので、まずこの点について検討する。
<証拠>を綜合すれば、次の事実が認められる。すなわち、
1 勝利は昭和四七年初頃康之から勝利所有の砂山の山砂を売つてほしいとの申込みをうけたので、近隣の情誼上、やむを得ず康之の所有地を埋立てる分だけ売ることを承諾した。その際、勝利は、山砂は他へ売却しないことを売買の条件とした。康之は右契約条件を諒承したうえ、勝利に対し、手付金として一五万円を持参して交付し、右両者間に山砂売買契約が成立した。
2 ところが、康之は右契約条件に反し、かつ右契約条件のあることを秘して訴外会社に右砂山を代金三七五万円で売却し、訴外会社は、右代金を康之に支払つたうえ、勝利所有の砂山から山砂の採取を始め、三日間にわたりダンプカーで合計六五台分の山砂を搬出した。勝利は、右山砂が康之の所有地の埋立てに使用されるのではなく、他に売却されたものであることを知つたので、康之に対し右契約違反の事実を告げて山砂の採取及び搬出の中止を求めるとともに、右手付金を同人に返還して右売買契約を解除した。そして、右山砂の採取にきた訴外会式の代表者である控訴人に対しても右山砂の採取及び搬出を禁止した。
3 右契約条件、手付金の返還及び売買契約解除の事情を知らない控訴人は、訴外会社の代表者として、康之に対し右山砂を採取することができるよう善処を求めた。そして、控訴人は、康之が勝利に交付した売買代金の内金又は手付金の領収証さえ入手できれば、山砂の採取につき勝利の承諾を得ることができると考え、康之に対し、右領収証を勝利から入手して持参するよう再三にわたり要求した。しかし、康之は、さまざまな口実をもうけて右要求に応じなかつた。
4 そこで、控訴人は、康之では埓があかないと考え、同人と親交があり、かつ同人の債務整理の役割を担当していた被控訴人と交渉して事態の打開を図ろうと考え、訴外石井巖に対し被控訴人との交渉を依頼した。右石井は昭和四七年四月二〇日康之を介して被控訴人を千葉駅近くの喫茶店「サンタクロース」に呼び出したうえ、被控訴人に対し、「康之が砂山の代金を勝利に払つたが、領収証をもらえないので砂の採取に行つても、とることができないで困つている。」と述べ(同席していた康之も同趣旨のことを述べた。)、さらに「康之では駄目であるが、被控訴人ならば商売人だから交渉すれば何んとかなるであろう。是非交渉してみてくれ。」と執拗に被控訴人に対し、右領収証の入手方を要請した。被控訴人はこの申出を断つたが、右石井がもし被控訴人が承知してくれなければ、康之を詐欺罪で警察に告訴すると述べるに至つたので、被控訴人は康之とのこれまでの交友関係、同人に対する自己の債権の回収等を考慮して、右領収証入手の折衝を引受けることを承知した。そして、万一右領収証を持参できないときには、康之が訴外会社に返還すべき売買代金額と同額の金三七五万円を訴外会社に支払うことをも約定した。
かくして、被控訴人は、「康之と訴外会社との間で契約した砂山の売買の件に関し、被控訴人が砂山代金の領収証を山主である勝利から同月末日までに受領すること及び万一被控訴人が領収証を同会社に持参できない場合は同年六月一〇日に金三七五万円を支払うことを確約する。」旨記載した誓約書に署名押印し、これを後に来席した訴外会社の代表者である控訴人に交付した。<証拠判断略>
右認定の事実によれば、被控訴人は、訴外会社に対し、前記領収証持参義務不履行の場合を仮定して、その場合康之と訴外会社間の売買契約解除にもとづく康之の売買代金三七五万円の返還債務を重畳的に引受けてこれを支払うことを約したものと解することができる。
二次に、被控訴人は、訴外会社との間の本件債務引受契約は錯誤により無効であると抗争するので、この点について判断する。
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人は前記認定の債務を引受けるに当り、康之からはもとより、右石井からも前項の1及び2で認定したとおりの事情(山砂売買に関する前記契約条件、手付金一五万円の返還ならびに売買契約解除の経緯等)を全く知らされていなかつた。そのため、被控訴人は誠意をもつて勝利に折衝すれば、交渉に若干困難が伴うことがあつても、売買代金の領収証を入手することができるものと信じていた。
2 ところが、被控訴人が右契約成立の五日後である同年四月二五日に砂山の所有者である勝利を訪れたところ、同人から前項1及び2で認定したとおりの各事実を詳細に告げられ、はじめて勝利から砂山売買代金の領収証を入手することが不可能な事情にあることを知るに至つた。<証拠判断略>
右認定の事実と前項で認定した事実を勘案すれば被控訴人と訴外会社との間で成立した本件債務引受契約は、単純かつ無条件の債務引受ではなく、被控訴人が山砂の所有者である勝利から売買代金領収証を入手して持参することを第一次的債務とし、右債務を履行することができないとき、第二次的に金三七五万円の支払債務を負担するというものであるところ、右領収証持参の第一次的債務は、本件契約成立時において、すでにその前提となる康之と勝利との間の山砂の売買契約が解除され、かつ手付金も返還されていたものであり、したがつて、もはや右売買契約を証すべき代金領収証を勝利から入手することが不可能な法的状態にあつたことが明らかであるのに、被控訴人はそれが可能であると誤信して同債務の履行を約し、かつその不履行の場合における金三七五万円の支払を約したものであるから、本件債務引受契約は、その重要な内容につき錯誤があつたと認めるのが相当である。したがつて、同契約は、右領収証持参及び三七五万円支払の約定のすべてについて無効というべきである。
(渡辺忠之 糟谷忠男 浅生重機)